侍の惣領家と一族・家臣との関係
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江戸時代の
知行取りが上級の侍で、戦国時代まで侍と言えば知行取りで、領地を持った領主でした。
侍(武士・武家)のお家は領地を支配することを目的とする一つの個人企業であって小国家とも言えます。その構造は惣領家の領主とその家族、親類一族、家臣で構成されています。
誰を一族を仕切る惣領(当主)とするかがあります。そして当主は一族、家臣をどう仕切って、戦いに勝つか、外交、内政の手腕を発揮しなければなりません。
1,本家の当主が一族の惣領
〇鎌倉時代
領主(侍・御家人)の「惣領」は惣領家の棟梁で、領地の防衛と拡大のため一族郎党を率いる戦闘の指揮者でもあります。
鎌倉幕府からもその権力を認められ、家の子(一族)、郎党(家人)を率い
て幕府への奉公を義務付けられます。
次期当主に決まっている人(後継者)は嫡子又は嫡男と言います。家督を継いで惣領になる人です。
家督は惣領の正妻の長子(嫡子)を原則としますが、兄弟間で争奪(お家騒
動)も起きる場合があります。
家督の意味ですがここでは家及び一族を指揮する(戦場においても)権限を
持つ惣領になる人のことです。
先代から土地(所有、権利)や財産を受け継ぐことは相続と言います。家督
とは別です。
親からの遺産相続(土地、財産)は家督を継いだ惣領はもちろんその他の兄弟(女子も)にもなされます。
複数の地頭職(領主職)を持っている御家人は女子にも地頭職を相続させます。
ですから女地頭、即ち女領主もいたのです。
〇室町・戦国時代
兄弟同族で遺産相続を何度も繰り返すと惣領家は小さくなり、勢力が減
少します。
室町時代に入り、遺産相続は惣領の単独相続になっていき、惣領家の勢力を温存しようとします。
惣領の嫡子の選定は正妻の子、その中で長子、次子の順位が原則です。
ただ、正妻に子がいない、側室の子だけの場合、一族、家臣間の勢力争いが起きやすく、守護家の場合は将軍の意向でお家騒動となる場合があります。
一族の分裂もあり得ます。
又長男に代えて次男を家督に据えようとしてのお家騒動もあります。
毛利元就と弟、織田信長と弟、伊達政宗の弟の反乱場合、いずれも兄が弟を謀殺し惣領を維持します。
上杉謙信は兄を隠退させ弟の謙信が惣領となります。
〇江戸時代
嫡子が惣領となり領地(財産)の単独相続の家督相続制は厳格です。
家督相続者以外の弟には領地の相続は原則ありません。
弟は養子に行くか、一生部屋住み。まれに小領地を分けられることもありま
す。
嫡子選定は正妻の長子、次男・・・順で後に側室の子となることは変わりま
せん。
ただ、正室にも側室にも男子が生まれなかった場合は養子をとって嫡子とすることができます。
男子がいない場合、順番は当主の兄弟、甥、従弟ですが、同姓が条件です。どうしてもいない場合は姉妹に生まれた男子も認められるようになります。
将軍家では男子が出生しない場合は御三家、御三卿の制度が設けられてい
ます。
2,惣領(家)の兄弟、叔父等血縁一族
〇鎌倉時代
家の子、庶子家と言います。侍身分です。
遺産相続により領地を持っています。
戦争の時は惣領の指揮下で戦います。後世の家臣意識はなく一族意識が高
いです。
相続地が地方に分散しており、そこに定住すると惣領家の指揮下に入れない場合が増えてきます。
定住した領地で有力領主になる(島津氏、毛利氏)か、有力領主の傘下や家来になっていきます。
〇室町・戦国時代
一門衆、庶家といいます。
惣領の単独相続化します。兄弟への遺産相続はわずかな領地だけ。
惣領の家臣となります。戦場で手柄を立てないと領地は増えません。一門衆
は家臣化していきます。
〇江戸時代
一門、親類と言います。将軍家、大大名家は連枝と言います。
惣領の単独相続で親からの領地の遺産相続は全くありません。
養子に出されるか、一生部屋住みで食い扶持だけを支給されるだけです。
3,家臣(家来・家人)
〇鎌倉時代
郎党または家人と言います。
家人(家来)は、領地はほとんど者は持っていません。
主人の屋敷の中又は近くに居住します。
普段は惣領家(主人)の佃(直営の田)で農作業や身辺護衛や家政に従事します。
米は惣領家から支給されます。
侍身分を持っている者は少ないのですが、戦場には騎馬侍として参戦します。手柄は幕府に報告されます。
領地を持つ侍身分になれる機会があります。御家人の領主が幕府(頼朝)に申請して侍身分になれます。幕府から却下される場合もあります。
〇室町・戦国時代
家来、家臣、被官と言います。
家来・家臣はその後の譜代のこと、被官(地侍、荘官、地方豪族、国人)はその後の外様と言われます。
被官は戦国時代の後半になりますと譜代の家臣になっていく場合が多いで
す。
上級譜代家臣、被官は領地を持っています。
〇江戸時代
家来、家臣、家内と言います。
将軍家や大名家の家来の内上位の武士は領地を宛がわれていますが、中小の多くの家来は給与を俸禄、扶持米として米で受け取ります。
将軍家と大名の間では譜代、外様の区別があります。老中等幕閣に参政できるのは譜代大名だけです(外様の大大名加賀前田家、仙台伊達家、薩摩島津家などでも老中になれない、それに御三家も)。
家来の分け方では譜代、外様の言い方が将軍家でも大名家でも残りますが、将軍家では旗本が直参旗本(譜代の意味、実際は旗本のすべてが譜代ではない)言い、大名家では制度上では上・中・下士に分けたり寄合・無格・小番・信番、小姓と分けたりします。
以上
2024年9月11日
梅 一声
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