落語の歴史(その1)

 


 

落語は現在は「落語(らくご)」、そして落語を口演する人を「落語家(らくごか)」と言うのが普通ですが、江戸時代から明治時代の初めまでは「はなし」、「はなしか」と言い「咄(家)」とか「噺(家)」の字を当てはめました。

 落語は又「おとしばなし」とも言われており、落語の字をあて「らくご」呼ばせるようになりました。明治時代ことです。

 漢字の「話」の意味は会話や談話で用いられます。「(はなし)」・「(はなし)」は物語や説話を語るときに用いられます。

 それでは今日の落語とは何かについてまとめます。広辞苑から要約します。

 「一人の演者が滑稽な話を登場人物の会話のやりとりを身振りを交えて進め、その末尾に落ちをつけて聴衆を楽しませる寄席芸能。」となります。

 噺の種類は現在滑稽噺、人情噺、怪談噺、芝居噺と分けます。

 落語のほとんどは熊さん、ハツさん、与太郎、兄貴、大家さん、横丁の御隠さんなどが登場する滑稽噺が多いのですが、滑稽な噺ではない、人情の機微を演ずる人情噺、噺の一部が芝居がかりとなる芝居噺、幽霊や怨霊をあつかう怪談噺があります。

 又、落語の分け方で古典落語と新作(創作)落語に分けます。

 新作もその作品の作者(演者)が亡くなった後も誰かが演ずるようになりますと古典と言われます。古典も元は新作です。

 噺の特徴は物語は会話が中心で手ぶり、顔の表現、声色で登場人物を一人で演じ分けストリーを展開します。時代や状況説明(地)の部分は少ないです。

 仏教僧の説教話から話芸の噺へと作り変えたのが安楽(あんらく)(あん)策伝(さくでん)(1554年(天文23)~1642年(寛永19)で落語の始祖と言われています。

  戦国時代末から江戸時代の初めのことです。

策伝は京都誓願寺の住職(同寺竹林院安楽寺に隠居)です。 

  これにより落語は京都を発祥の地と言われます。

  笑い話「醒酔笑(せいすいしょう)」を述作しました。当時親交のあった京都所司代の板倉重宗に持ちかけられ、作ったと言われています。

  1623年(元和9)、八巻 千余の噺を編集しました。

  策伝以来少し途絶えて落語の歴史が始まります。

  京都の露の五郎兵衛(露休(ろきゅう))が元禄時代に京の北野天満宮で(つじ)(ばなし)を初

め、人気を博します。ここで初めて銭を取っての興行です。

辻噺とは寄席興行(演芸場、小さい小屋)ではなく、寺社の境内や路上で催す大道芸です。  

 大坂でも同じ頃米沢彦八が当世仕方(しかた)(ばなし)の看板をかかげて辻噺を生玉神社

の境内で始め人気を博します。

 江戸でも元禄時代に鹿野武左衛門が辻噺や座敷噺(武家屋敷で噺をする)を

始めます。

 彼ら三人が落語の祖と言われていいます。

 落語は上方から始まった言ってよいかと思います。

 江戸時代18世紀後半から上方も江戸も落語が人気演芸となります。

 辻ではなく寄席興行が始まります。寄席は芝居小屋より規模が小さく客席

20人位ぐらいから多くて200人位です。

 上方では桂文治による桂派が創設されます。その後笑福亭、林家、立川の一

門がしのぎをけずります。

 江戸では烏亭焉(うていえん)()、19世紀初めには三遊亭可楽が熱演し、更に可楽の弟子

で林家正蔵、三遊亭圓生等が門人十哲が興隆させます。

 江戸では天保の改革(1841年)で寄席の抑制政策で125軒あった寄席

は15軒にされましたが、制限解除後には170軒になり再び興隆期を迎えま

す。

 明治時代に入り、上方では桂文枝、笑福亭松竹の名人が現れます。

 しかし徐々に漫才におされ、各派は吉本(現在の吉本興行)の支配にはいり

ます。

 東京では近代落語家の祖と言われる三遊亭円朝が現れます。話術家として優

れた作家としても有名です。

演目としては真景(しんけい)累ケ淵(かさねがふち)、怪談牡丹灯籠、怪談乳房榎、芝浜、死神、塩原

多助一代記など多数が有名です。

 いくつも派が興行をしますが、三遊派と柳派が二代勢力になります。 

 大正から昭和太平洋戦争前です。

 人気低調時代です。上方では五代目笑福亭松鶴、四代目桂米團治が落語保存

につくします。

 東京も娯楽の多様化(映画、浪花節の人気)でしょうか衰退期に入ります。

 そして戦後から今日の落語です。

 上方では落語家が10数人になってしまいます。1953年二代目春団治が亡くなり、上方落語は滅んだと報道されます。

 しかしラジオ放送で取り上げられるようになり、ラジオのDJから月亭可(つきていか)(ちょう)笑福亭(しょうふくてい)()(かく)(かつら)三枝(さんし)更に(かつら)()(じゃく)(かつら)福団(ふくだん)()の若手落語家スターが生まれます。

 この人気にあおられて落語が復活します。

 六代目笑福亭松鶴(1918~86年)、三代目(かつら)米朝(べいちょう)(1925~2015年)、三代目桂春團治(1930~2016年)、五代目桂文枝)1930~2005年)の四天王も人気を博すようになりました。

 米朝は人間国宝、文化勲章を受章します。

 現在皆さん亡くなり若手と言われた落語家も桂三枝(現文枝)だけが活躍中です。

外には桂文珍、笑福亭(つる)()、桂吉弥が人気者で上方落語を背負っていま

す。

 

 関西のお笑いは漫才が中心です。

 その中で上方落語は一定の人気をもって興行が続けられています。

 東京の現代の落語界については別稿とします。

以上

2024年10月13日

梅一声

 監修 竜亭楽馬