落語の歴史(その2)

 


 

その1では戦前までの上方と江戸(東京)の落語の歴史と上方での戦後から今日の落語界の様子を見てみました。

ここでは戦後の東京の落語界を見てみます。

戦後の黄金時代です。

  〇(さん)遊亭歌笑(ゆうていかしょう)(1917~50年)

   新しいスターの登場です。

   七五調の文句で綴る純情詩集

   「ブタの夫婦がのんびりと 畑で昼寝をしてたとさ 夫のブタが目をさまし 女房のブタにいったとさ いま見た夢はこわい夢 オレとおまえが殺されて こんがりカツにあげられて みんなに食われた夢をみた 女房のブタが驚いて あたりの様子を見るならば いままで寝ていた その場所は キャベツ畑であったとさ」

   歌笑亡き後柳亭痴(りゅうていち)(らく)の純情詩集に受け継がれますが痴楽亡き後このシリ

ーズは途絶えます

  〇戦前からの名人が復帰します。

   *柳家金語楼(1901~72年) 「落語家の兵隊」 喜劇俳優

*六代目春風亭柳喬(1899~1979年)「子別れ」、NHKとん

ち教室

   *六代目三遊亭圓生(1900~79年) 芸術祭賞 落語協会脱退

八代目桂文楽(1892~1971年)(くるわ)(ばなし)幇間(ほうかん)(男芸者)も

の、芸術祭賞

    *初代柳家権太楼(1897~1955年) ナンセンスネタ

    *七代目林家正蔵(1894~1949年) 時事ネタ、初代三平の

     父

    *八代目林家正蔵(彦六)(1896~1982年)芸術祭賞    

    *五代目古今亭志ん生(1890~1973年)「火焔太鼓」 

芸術祭賞

    *三代目三遊亭金馬(1894=1964年) ラジオで人気

    *五代目柳家小さん(1915~2002年)  滑稽話 人間国宝 

落語協会会長

    *五代目古今亭今輔(1898~1976年) 新作に転向

    *三代目桂三木助(1902~1961年)  芸術祭奨励賞

    *三代目三遊亭金馬(1894~1964)居酒屋 

〇民放ラジオの開始し、ラジオが隆盛時代です。

    ラジオ局が落語家と専属契約を結びます。

   〇ホール落語が登場します。

    観客は大勢です。オーバーなしぐさ、寄席での噺は短くしますがホー

ル落語はじっくり噺せます。愛好者から歓迎されます。

    ・三越落語会-三越劇場 1955年(昭和30年)

    ・東横落語会―東横ホール 1956年(昭和31年)

        文楽、志ん生、円生、三木助、五代目小さんがレギュラー

    ・若手落語界―第一生命ホール

   〇古典、芸術の落語が誕生します。

    演芸評論家の安藤鶴夫、湯浅喜久治が落語を伝統芸能、古典、芸術

と称します。

    次々に名人言われる落語家が受賞します。

    一人話芸の落語は大衆演芸より芸術に格上げされたのです。

   〇新作落語の時代でもあります。

創作落語会が昭和1961年(昭和36年)に有楽町ビデオホール、

ニッポン放送後援で催されます。

    古今亭今輔、三遊亭歌奴(三代目圓歌)、初代林家三平、桂米丸など

が人気を博します。

   ○昭和40年(1965)代、50年(1975)代に若手に有望格が

輩出されます。

    四天王と言われた三遊亭円楽、立川談志、古今亭志ん朝、橘家

円蔵(円鏡)です。

    古典落語もやりますが、テレビでも人気者でした。

    その外にも春風亭柳朝、柳家小三治、五街道雲助、春風亭小朝等が出ます。小三治と雲助はその後人間国宝になりました。

受難の時期もあります。

  〇昭和40年(1965)代に相次ぐ名人が死没します。

   三遊亭金馬、八代目桂文楽、五代目古今亭志ん生です。

  〇人形町末広亭閉鎖、川崎演芸場の閉鎖

   若手の落語家は落語よりテレビ、ラジオのレポーター、司会、パーティ

   の余興で人気が出ます。

   寄席に来る客が減ります。

  〇ラジオからテレビ時代へ

   テレビ的落語

   落語家のテレビタレント第1号の林家三平です。

   立川談志がテレビの企画にも参画します。

   金曜寄席、やじうま寄席から笑点が生まれます。

   立川談志の「現代落語論」―落語が能のようになってはいけない

  〇1978年(昭和53年)に真打昇進問題で落語協会から三遊亭圓生た

ちが独立します。

会長の柳家小さんの真打昇進基準が甘いと。

    1983年(58年)には立川談志が同じく真打昇進問題で落語協会

    から独立します。談志の弟子が真打に昇進できなかったことからです。

 

21世紀に入って落語ブームと言われています。

 将来の落語会を背負って立つ男と言われた古今亭志ん朝が2001年(平成

13年)に、2002年(平成26年)には人間国宝柳家小さんが亡くなり

ます。

 昭和40年代、50年代に若手の有望格と言われ、その後看板になった春風

(りゅう)(ちょう)(1991年没)、三遊亭円楽(2009年没)、立川談志(2011

年没)、橘家円蔵(2015年没)、柳家小三治(2021年没)も亡くなりま

した。

 しかし寄席、ホール落語、地域寄席、落語勉強会とは別に平成7~8年(1995・96)年頃から落語家の独演会、二人会、三人会形式をプロヂュースする製作会社が現れます。落語家もプロヂュースします。

 寄席(定席)は現在東京では、上野鈴本演芸場、浅草演芸ホール、新宿末

広亭と池袋演芸場の4席です。

外に国立演芸場、お江戸広小路亭、お江戸両国亭では1カ月10数日開演の寄席もあります。

現在はふたたび落語ブームと言われています。

東京落語会では人間国宝になった五街道雲助、それに春風亭一朝、春風亭

小朝、立川志の輔、柳亭市馬、柳家さん喬(落語協会会長)等が看板でしょう。

これに続く人気者としては桃月庵白酒、三遊亭兼好、柳家三三、春風亭昇太(落語芸術協会会長・笑点司会者)、春風亭一之輔などの人気者がいます。

 落語家が寄席以外で、ホール落語、地域寄席等の公演の機会が増えており、テレビでの活躍もあります。

 日テレ放映の「笑点」は人気の番組で、ここから落語好きになる人も多いで

しょう。

 落語の人気は時代、時代で上がり下がりがありますが、ただの古典芸能に止

まらず大衆芸能として現在も生き続けています。           以上

2024年11月11日

梅 一声

監修 竜亭楽馬